いい家に住んで欲しい。家族の幸せのために素敵な家をプロデュースしたい。

そのように考えている地場の工務店や建築家でも、「こんなお客さんの家を建てたいとは思わない」というときもあります。

「余計なお世話だ」と言われるかもしれませんが、そう感じるのは、そのようなお客さんの家を建てても、将来、その家が放置されることになるケースが少なくないからなんです。

 

倒れている人に近付けない人

街の中で誰かが倒れていても、「誰かが何とかしてくれるだろう」と考えて、自分からは決して近づこうとしない人が増えているように思います。

昨今はいたずらも多いため、当然のことながら警戒心が必要とは思いますが、率先して声を掛ける勇気や、不測の事態に対処する知恵知識というのも必要です。命に係わることもあるから。

自分の子供が苦しんでいるとき、親が苦しんでいるとき、配偶者が苦しんでいるとき…。自分から率先して動くか、誰かの助けをただ待つか?

人に「幸せを引き寄せる特質」があるとすれば、率先する勇気を持つ家族なのではないでしょうか。

建てた後、その家の中でどんな価値観で生きて行くのか、そしてその家を大切にしてくれるのかということが、命に係わるかもしれない大切な瞬間に行動できるかどうかという、人としての本質に現れるような気がします。

 

周囲の迷惑を考えずに大声で喋る人

電車の中で、周囲の迷惑も考えずに、盛り上がって大声で談笑する集団を見掛けたりすることがあります。

自分の言動が周囲に与える影響を考えないというのはとても子供じみたこと…。社会人としてのマナーが無い方が増えているような気がしませんか?

マナーがある人は他の人への配慮があるということで、実際にはは家族の中でもマナーが行き届いています。

部屋の中が清潔で整っているか、バスルームは常に掃除されているか、毎日の食事が家族の健康を顧みるものとなっているか。

社会的マナーと家の雰囲気とは無関係ではありません。家がきちんとしている人は、マナーがきちんとしているケースが多いですね。

 

公共の場で子供を叱るな、説教するな

家を出る前に、「今日はデパートに行くけど、おもちゃを買ったりはしないからね」という約束や説明をすることなく、おもちゃ売り場で駄々をこねる子供に、怒鳴りながら説教を始める親がいます。

あらかじめきちんと説明されていれば分かることなのに、何も説明されないで突然怒られるので子供は混乱します。

こうしたことの蓄積が、親子関係を歪ませていくのかもしれません。

しつけは現場ではなく家から始まります。親が家でしっかりと子供の社会的マナーを教えることができているかということは、ゲストに慣れることにもなりますし、自宅においても「公共性」をきちんと理解できるということです。

多くの訪問者がある家は、例えばリビングを散らかさないゲストをお行儀よくお迎えする、など、マナーが大事であることを子供に教えて行きます。

たくさんの大人と接することができるかどうかで、子供が自分の意見を正しい表現力を持って言えるかどうかも変わってきます。駄々をこねるのではなく…。

家で何もせず、いきなり外出先で子供にマナーを教えるというのは、社会の他の人達にとって迷惑な話です。

 

いい人にこそいい家に住んでほしい。これからは、人が家を選ぶのではなく、「いい家がいい人を選ぶ」時代。この機会に、家族のマナーというものを振り返ってみませんか?

 

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