アメリカに、テッド・ベンソンという人が居ます。ティンバーフレーム工法で多くの芸術的な木造住宅を建てているカリスマビルダーです。

そんな、熟練した技術を持つ彼ですら、京都の寺や神社を見て「とてもかなわない」と舌を巻いていました。日本の大工道具も素晴らしい技術の結晶だ、と。

 

日本人として日本の良さを理解していますか?

ところが日本に住んでそれらの建物を見ている日本人が、そうした国産技術を正しく評価できず、「外来のもののほうが良い」という思い込みや「外国産のものが安くて質も良い」という勘違いで日本のプロダクツの価値を下げてきてしまったという背景があります。

この主な責任を負っているのは、外来のものを宣伝する業界と勉強不足のユーザーの双方ではないでしょうか。近年になってようやく国産のものの価値が認識されつつあります。

似たようなことを、家族に対してしていませんか?

「うちの愚妻が」というセリフとか、「うちの亭主はダメ」とか、「うちの子なんて全然」みたいなセリフを、周囲に対して発していないでしょうか…?

 

なんと恥さらしな言葉か!

家族がダメと宣言することは、家族に対して自分がダメであるということを示しています。そして、家族を「ダメ」ということで、家族はもっとダメになる!

ですから、その宣言は決して謙虚でも謙遜でもありません。

家族を褒めよう。家族をもっと誇らしく語ろう。

日本人は褒められなれていない人が多く、褒めるのが苦手。自分を卑下することが「謙遜」「謙虚」の表現として美徳となっていませんか? 自分のことを控えめに言うのが良いと思い込まされていませんか?

 

家族の比較判断は避けるべき

よく知りもしない他人の家族のことを、どうして「良い」と判断できるのでしょうか。なぜ自分の家族の素晴らしさに気付けないのでしょうか。

私たちはみんな完全ではありません。夫として、父親として。妻として、母親として。でも、そんな自分を家族は許してくれているから一緒に生活し、自分の理不尽な言動も家族愛ゆえに受け入れてもらっているわけです。

それだけでも、本当に感謝ですし、素晴らしいこと。

そのように自分を許してくれている家族を、「自分の家族はダメ」と他人に述べることは、なんと不遜なことでしょう…。

 

言い続けるべき言葉

私たちはみんな配偶者や子供たちに許されて生きているのですから、彼らをもっともっと褒め、尊重しなければなりません。その「良さ」に注目してもっと伸ばし、互いに褒め合うことによって絆を強めていかなければいけないんです!

自分の家族は素晴らしい愛の結晶だ、と言い続けていきましょう。そして家族のみんなの「できていないところ」ではなく、できているところを徹底的に褒めていきましょう。

 

あなたの家族は、あなたにとって最高の「技術の結晶」なのですから。