よく耳にするセリフかもしれませんね。若い人の気持ちや考え方を理解できずに、また、頑張ってきた自分の時代と比較して、社会に出てきた新卒者や新入社員、若い社員、そして街で見かける若者を見て、「近頃の若モンは」と愚痴る

ところが、そうつぶやく自分の子供が、実際に社会に出て他の人から同じように言われていることに気付かない、ということがあります。他でもない自分の子が、「近頃の若モンは」と言われる対象になっていることなど考えもしないのです。

自分が若かった頃も、上の世代からそのように言われたはず。つまり、人は自分の知っている過去や自分が人よりも頑張ったと感じてきた過去と、目の前にいる今の若者を比較しているわけです。

ところが、ある若者を見て、「最近の若者にしてはよくできている」と言うこともありませんか?「コイツは将来期待できる」と思える若者もいますね。

ということは、それは時代の問題というよりも、個々の問題である、ということではないでしょうか。つまり、いい若者はいい、ダメな若者はダメ、ということ。近頃がどうとか昔はどうとか、そういう問題ではないということです。

 

近頃かどうかの問題ではなく、結局は「育ち」で変わる

どういう社会人になるように子供を教えてきたか、他の人から一目置かれるだけのハートを持った子供を育ててきたか、それが大切なのです。結局、どんな家庭で育ったかということ。

だからこそ、社会に出る前の子供たちに、しっかりとした社会的な基盤を作るよう親が教えなければならない。社会のマナー、目上の人に対する接し方、努力の仕方。そうしたものを、大人が手本として示さなければならないわけです。

「近頃の若モンは」とつぶやくと同時に「親の顔が見たい」とも言われていることに気付きましょう。自分の子供が社会で「親の顔が見たい」と評されてしまっていないか、自分がどんな風に子に接しているのか、ちゃんとしつけているのか、社会に出るための準備教育を施しているのか、そういうことを今一度、意識してみてはいかがでしょうか。